自分History epi28~29

~母乳の強要~

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さて、妊娠7か月で無理やり着物を着させられて

結婚式を出席した私は、危ない感じのお産でしたが

無事、元気な男の子を産むことが出来ました。

 

初産で母乳が出ないで悩む母親が多いことは

保健婦さんによく聞かされていました。

 

色々理由はあるそうですが、ストレスは母乳をあっという間に

止めてしまうそうです。

 

私には両親がいません。

退院して自宅に帰れば姑が孫に会いたくて待っています。

私の体調が戻るまで、姑が家事を色々やってくれる予定でいました。

 

長男は生まれたその日から昼夜のリズムがひっくり返っていました。

夜中はずっと起きていて朝方やっと眠る、そんなリズムの毎日。

夜中はとにかく泣くー。ひどい夜泣きってやつ。

退院する当日までそんな感じだったので私はもうクタクタ。

看護師さんに、このひっくり返った生活をなんとか出来ないか

何度もきいてみたけれど、こういうケースも多々あるとのことで

色々考えられることを試したけど、まったく効果なくそのまま退院しました。

 

母乳はなかなか出ないという焦り

夜中泣かれて全く睡眠がとれない。

とりあえず、ダンナは会社なので一応そのまま私も起きて

送り出す。

姑がいること、それだけでもストレス。

色々やってくれるけど、気を遣うので全然休まらない。

昼間子どもが寝たときに寝ないと自分の睡眠はその時だけ。

私は産後の肥立ちがすこぶる悪く、身も心も休まらず地獄だった。

  

子どもが昼間お腹を空かせてぐずる。

母乳が出ない時は、気負わないでミルクをあげればいいんだよ

保健婦も病院の看護師さんにも言われていたのでそのつもりで

ミルクを用意していた。

ぐずった子どもにまず、母乳を与えてみる。

母乳ってどんだけ飲んだかってよくわからない、計れないし。

だからそのまま飲みながら寝てくれれば、それで良し、とするって感じ。

 

うちの子はとにかく泣く。ずっと泣いている。

どっか具合が悪いんじゃないかっていうくらい。

初めての私はどうしたらいいのか全然わからないわけで。

そこで姑は、母乳が足りないんだ。それがいけない。

と案の定、決めつけてきた。

 

もう疲れてるんだから、やめてほしい。

私を休めることを考えてくれ。

そこで姑が買い物に行ってくると言い、昼過ぎに出掛けた。

私と子どもがお昼寝するような時間に買い物に出かけたのだ

子どもが10分でも寝てくれるなら一緒に眠りたい。

とにかく寝たい。眠りたいのだ。

そこに姑が帰ってきて台所で何か作っている。

そして、部屋にきて、

「ほら、食べなさいよ、そして母乳を出しなさい」

と言い、レバニラ炒めを出してきた。

 

恐怖だった。

昼食を済ませて、24時間ほとんど寝れてない

嫁を起こして

母乳を出せと、レバニラ炒めを出す姑。

 

もうその日まで何とかかんとか少し母乳が出ていたのに

その日から完全に母乳がとまった・・・・・。

テキメンだったー。

もうストレス、すべてがストレス。

ありえない。ありえない。

バカな姑、なんのためにここに来たの。

 

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~episode29~ 頭がおかしくなりそうな産後~

姑と子どもに挟まれ、私は体調を壊す。

退院してまだ一週間。

子どもを寝かしつけるため、抱っこしてあやす。

泣き続けるので、とにかく抱っこしていた。

放っておいたらどうなんだろうと思い

一時間以上ベッドに寝かした状態にしたけど

声が枯れても泣いていた・・。

近所迷惑だし、そんなことやり続けるわけにもいかない。

夜を眠らせるためにも

昼間は、なんとか起きててもらいたいから色々試すが、効果なし。

ある夜、なんとか寝かせようと抱っこしていた時

生ぬるいものが私の足を流れていく感覚があった。

足元をみたら、血だらけだったー。

流血の世界。

産後の私のカラダが悲鳴をあげたのだ。

 

そのまま貧血で倒れるところだ

ダンナがビックリして

「病院だ病院」と言ったとき

そこで姑が信じられないようなコトバを放った。

「生理じゃないの?」

 

この人バカ?

母乳をあげてる間は生理はきません。

しかも産後一週間でその状態になった場合

他の理由を考えるでしょう

三人も子どもを産んだ人が言うコトバ?

 

先生が言った

産後の肥立ちが悪いですね。

カラダ休めてください。

 

いやいや、先生、わかっていますよ、そんなこと。

私はどうすりゃいいのさ。

カラダはもうおかしくなってしまっていて

今度は頭がおかしくなりそうだった。

 

長男の昼夜ひっくり返った生活は

その後一年続くこととなるー。

軽い育児ノイローゼになっていたかも知れない。

私はその一年ずっと2時間くらいしか眠らない生活をしていた

 

もちろん、ダンナも助けてくれた。

私もダンナも子どもを抱きながら

壁に寄りかかりながら眠る生活が

何か月も続いた。

 

だけど姑には来てもらいたくない

だから自分が頑張るしかない。

とにかくそれだけだったー。

地獄の日々だった。

子どもが生まれた喜びよりも

そっちのほうが大変で

私は精神的に参ってしまった。

子どもが産まれて

ほほえましい日常生活?

そんな景色、思い出せない。

とにかく大変だった。

とにかくツラかった。

全てが大変だったー。