自分History episode9

 ~アル中一直線、自分のことで精一杯だった幼少期~

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父が亡くなってから母親は

とにかくお酒ばかり呑んでいたように思います。

 

いつもお酒臭い、

母親の近くに行くとお酒の臭い

私と二人の姉、三人とも(兄はもう都内で一人暮らしだったと思う)

そんな母親を見てみぬふりをします。

というか、子どもだったからどうしていいのかが

誰もわからなかったんだと思います。

 

父親が亡くなってからなのか

父が倒れて、働けなくなってからなのか

うちは生活保護をもらっていました。

今はどうなのかわかりませんが、当時は

その保護費を区役所まで取りに行かなければなりませんでした。

母親に連れられて、電車を乗り継いでよく区役所に行ってました。

今じゃ考えられないけれど、ひどい時は私一人で

行くこともありました。(小学校低学年なのに、笑)

福祉課の人は私の顔を知っています。

なんで私が行ったかはわかりません。

なんで姉が行かなかったのかもわかりません。

時々福祉課の人達が、家に様子を見に来ることもありました。

 

話相手になってくれたこともありました。

憶えていないけど、当時の家の中は悲惨だったかも知れないです。

家に入ればお酒の臭いがしたり、

部屋もとっ散らかっていたかもし知れないです。

 

「家族団らん」というコトバは我が家にはありませんでした。

かつての、みんなで輪になって台所でふどう酒を覗き込む

なんてことは、遠い昔の話になっていました。

 

学校に着ていく服も買ってもらった覚えもありません。

いつも姉のおさがりです。

学校へいく洋服なんてろくにありません。。

だけど、誰も私の面倒なんてみてなんかくれません。

姉たちもたぶん自分たちのコトで必死だったと思います。

その頃の同年代の子の悩みって一体どんなんだったんでしょう?

 

私はいつもいつも

洋服がない、どうしよう、何着ていこう

とか

今日食べるのあるのかな

とかいつもそんなことばかり。

ハンカチやティッシュなんて持っていったことがありません。

そんな習慣などありませんでした。

ティッシュで思い出しましたが

紙を買うお金がなくて、新聞紙をぐちゃぐちゃにして

やわらかくして、それをトイレで使っていたのを思い出しました。

そんな家なのでポケットティッシュなんてあるわけがありません、笑

 

誰にも相談できません。

姉にすらそんな話をしたことありません。

姉に言っても何も変わらないのが分かっていたからだと思います。

 

毎日毎日、そんなことばかり心配して

いつもいつも不安いっぱいで生きていました。

 

子どもって残酷だから

思ったことをそのまま口にします。

 

「なんでいつも同じ服きてるの?」

 

そうクラスの子に言われたとき、

私はなんて答えたんだっけ、、、

傷ついたこと、イヤなコトを言われたコトって

忘れないもんですよね

 

「ねぇねぇ貧乏なの?」

 

・・・もう笑っちゃいますよね。

 

当時の自分に会って

抱きしめてあげたいですね。

 

私はたくさん、その時の傷をその場に置いてきています。